私の青春時代、昭和30年頃、地下鉄は無く路面電車だった。
私はその頃、栄の百貨店に勤めていた。
住まいの水主町から柳橋経由で栄まで電車で通っていた。
百貨店の勤務が終えるのは18時10分。
夏などは電車に乗らず柳橋まで涼みがてらよく歩いたものだった。
柳橋まで4区、栄から広小路、伏見、納屋橋、柳橋一歩道に屋台が沢山並び、勤め帰りの人、アベック、若者のグループ、みんな賑やかに大勢の人たちがあちこちおしゃべりしながら楽しそうに歩いていた(これが「広ブラ」の語源です)。
時々チンチン電車が脇を通ってゆく。
私たちの勤め帰りは18時時台なのでまだ屋台は準備中、店はパラパラ。
片側の従来の店の前を歩き途中に「丸文」というアイスクリーム屋がある。
そのソフトクリームが人気で、それを食べるのも楽しみの一つだった。
確か25円だった。
美味しいうどん屋もあった。
お腹が空いて匂いに誘われてつい友達と入ったこともある。
量は少なかったけど美味しかった。
このうどん屋のうどんも25円。
私たちの社員食堂の食券は40円。
私は倹約して毎日々々弁当持参だった。
余程家庭が裕福でなければ給料から食券は買えなかった。


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